営業譲渡と廃業
合同事務所を設置して、わたしは自宅の右京区から事務所近くの四条烏丸までリフトバスで通うようになりました。それでも、徐々に1人での移動は危険になってきました。
それに2005年に入って、一段と身体が不自由になりました。声が出なくなったこともショックでした。なんせ以前は歌が得意で、マイク持ったら離せへんでえ、いう調子でしたので、歌どころが声そのものが出ないのは大変困りました。
それで当時は筆談でコミュニケーションをとりました。連絡手段はFAXかメールになりました。いいたいことがあっても思うようにコミュニケーションがとれないというもどかしさを痛感しました。
思考力や集中力も弱るようでした。ビジパで質問があっても、うまく回答できないと感じることもありました。もう行政書士として仕事するのも限界かなあ、と感じました。
悩みつつ考えようと、9月はじめに旅行しました。わたしは筋金入りの乗り鉄です。18きっぷで山梨県の知人(元依頼者)を訪れました。その後八高線、両毛線、わたらせ渓谷鉄道に乗車して、ムーンライトえちごで車中泊、磐越西線から会津鉄道、野岩鉄道から東武に乗り、栃木から両毛線、水戸線で水戸へ行きました。ちょうど台風が来ているときで、雨の中、駅に近いビジネスホテルへ行きました。翌日は早く出て、常磐線を土浦で乗り換え、バスでつくばへ行き、つくばエクスプレスで秋葉原へ行き、電気店などのぞいた後、横浜の知人のところによりました。そして最後に新横浜から新幹線で京都に戻りました。旅行したいということもありましたが、知人の意見を参考に、行政書士を廃業するかどうか考えたいと思ったのです。
以前のような元気な鉄道旅行ではなくなりました。なんせ列車内でほとんど横になって寝ているのです。疲労の度合いも違うことが分かりました。
それで、もうこれは体力の限界やなあと感じて、9月終わりに、京都府行政書士会に廃業届を出しに行きました。階段を登っていく2階に事務局があり、わたしはもちろん階段は登れません。インターホンで呼ぶこともできません。ヘルパーさん同伴で行ったのです。
以前にいた県で廃業届を出したときも、落ちぶれた自分が情けなくてつらかったのですが、京都府行政書士会に廃業届を出すときも、仕事がまともにできなくなったことがとにかく残念で、つらかったのです。
その当時、わたしは38歳でした。いわゆる働き盛りの年代です。同年代で社会の第一線で活躍している人はたくさんいます。何か自分が取り残されるような気がしたのです。
わたしの廃業の時に事務所スペースを引き払ったので、合同事務所はM先生と中山先生の2人となりました。それで残った2人で協議して、もっと狭いけど安い物件に移転しました。府庁の西、堀川通り沿いのマンション2階です。そこは階段があるので、わたし1人で事務所に入ることができません。その移転先の狭さと段差を見て、もうわたしには仕事はできひんのやな、とさびしくなりました。
それでも顧客名簿は相変わらずわたしが持っていましたし、中山先生に外注した仕事の報酬の3割はわたしのものでした。その報酬と障害年金、それと京都市の特別障害手当で、どうにか生活を成り立たせる状況となりました。
2006年の夏に、また症状が進みました。座って身体を支えるのが難しく、よくゆれるようになって来ました。手の不自由さも増してきて、文字を手書きするのが難しくなりました。最初は普通のボールペンでしたが、最後はマジックペンで筆談していた。しかしそれもできなくなりました。パソコンのキーボードも、かな入力からローマ字入力に変えました。また目の異常もでてきました。とにかく外へ出ると眩しいから、外出時は遮光レンズのめがねを使用するようになりました。また、足が曲がりにくくなり、普通の車やタクシーに乗ることができなくなったので、介護タクシーを利用するようになりました。
仕事もほとんどできない状態で、これから先どうなるんやろ。そう思いました。
ようやく生活保護を受ける覚悟もできました。
2006年の12月には、合同事務所の中山先生に顧客名簿を渡しました。もう外注はやめて、直接中山先生に仕事依頼が来るようにするから、顧客を渡す分の費用を出してほしい、そう伝えました。
いくらかのお金と引き換えに、顧客名簿や情報を営業譲渡しました。そうして実質的な廃業へと持っていきました。そして、区役所に生活保護の申請をしに行ってきました。
面談が大変長く感じられました。いろんなこと根掘り葉掘りきかれましたし、資産、預金などいろんな調査がありました。母親のところへも照会がありました。母はわたしのことよう養わんということで説明しました。あの人が仕送りみたいするはずはありません。さらにわたしの自宅のことも問題になりましたが、空きのある自宅の2階を誰かに賃貸することを条件に、生活保護受給はOKということになりました。
有名大学法学部卒の行政書士が落ちぶれて、生活保護をもらう。ついにこんなところまで堕ちてしまいました。こんなことしているから、行政書士では食えないとも言われるんや、と思いました。ただわたしの場合、仕事がなくて生活保護受けるというわけではなく、病気のため若くして引退したので、こうなったのです。
金持ち父さんみたいに若くして豊かに引退するのではなく、貯金や資産を食い潰した末の引退であり、わたしの場合は、若くして貧しく引退する、という結果になりました。
こういう形で、わたしが障害の身体で必死で築いた行政書士事務所の営業譲渡ができました。
でも、もっと別のやり方があったと思うのです。
それは、あくまでも顧客を絶対に手放さない、という選択肢です。その代わり公正証書遺言を作成し、わたしが死んだら行政書士の営業の全部を中山行政書士事務所に遺贈する、という内容にしてもよかったのではないか、そうも思います。
でも当時のわたしは、いろんなことが以前のようにまともにできなくなって、すっかり自信をなくしていたのです。またさらに病状が悪化するん違うか、という恐れもありました。それで、営業譲渡もやむをえない措置であったともいえます。ただ、自宅の2階を他の人に貸していて、家賃収入が入ってくるから、その点少しましか、とも思いました。
やはり若くして豊かに引退するには、株とか不動産とか、そんな不労所得が入ってくるようにするのがベストです。わたしの引退の場合は、むしろ失敗例といえるかもしれません。
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