最初の営業譲渡





 最初はささやかなスタートであった行政書士事務所も、2000年を迎える頃には、その地方都市ではかなり大きい事務所となっていました。
 2000年には年商が1100万円以上に達しました。いろんな依頼を同時に進め、事務員が何をしているかも把握しとかないといけないので、なんか朝から晩までばたばたしていました。その売上からさまざまな経費を差し引き、借入金を返したら、そんなに残りません。まさにお金はフローしていくだけで、ストックはできませんでした。つまり貯蓄はほどんどできませんでした。
 その一方で、わたしの身体障害は徐々に進みました。1999年にはやっと障害年金がいただけるようになりました。最初は不許可となったのを、審査請求で覆らせたのです。しかしその年金も、いろんな経費に消えていきました。さらに、借入金の弁済が重くのしかかってきました。
 開業当初からですが、研修のためたびたび東京や大阪まで出かけていくことがありました。旅費もバカになりません。
 2000年ごろ、東京に用事で出た折、帰りの新幹線の中でボーと考え事をしていたのです。このままでいいのか。確かに事務所は大きくなったけど、自分の時間もそんなに取れない、貯蓄もできない、身体も悪くなってきた。このままやっててええんか。もっと楽な生き方があるんと違うか。そんなことを考えていました。
 地元の行政書士会の支部長さんのところへ相談に行ったこともあります。とにかく外注するにしても絶対に自分の顧客を手放さないように、という話をされました。
 しかし、その助言に反して、失敗することになりました。
 2001年に、わたしの身体が弱ってきたことを見て取った行政書士Y先生が、うちの事務所とと合併せえへんか、そしたらお前はわしんとこの社員にしたる、そう言って来ました。Y先生は、その数年前に市役所を早期退職されて資格がもらえた先生で、測量もできるし図面もかけるし、産業廃棄物関係の申請にも詳しい先生でした。バリバリ仕事をされていました。わたしのところにも時々顔を出して、いろいろ業務の事を聞きに来たりしていました。
 それで、しばらく考えたのです。
 たしかにわたしの事務所、東海法令情報サービスは、当時事務員が4人になっていて、忙しい事務所でしたが、4人とも、事務所を実質的に回していく責任はいらないとのことでした。ただ言われた仕事をして給料がもらえたらそれでええとのことでした。それで、彼らに任せることは難しい状況でした。身体が悪く、時々入院も必要という状況で、入院中仕事が途切れる、仕事が進まないという事態も発生していました。
 それで、やむなくY先生にお願いすることとしました。
 それまで行政書士事務所を拡大する路線だったのが、Y先生の申し出により、今度は縮小するという路線転換ができたのです。
 わたしはこれはM&Aであるから、合併契約書を作成しようと提案しましたが、Y先生はそれを一蹴しました。
 「そんな文書みたい造らんでもええやないか。お前は社員にしてやる。わしは顧客と仕事だけもらう。借入金はお前が自己破産して処理したらええやないか。そして行政書士も廃業したらええやないか。事務員は4人も要らん。みなうちの事務員で手分けする。お前障害者やから、雇用すると助成金がもらえる。わしが得するやろ。」
 結局そういう内容を飲まされることになりました。わたしは病気と障害をもつ立場だから、理不尽なことであってもなかなか強く出られなかったのです。ただ、社員4人の雇用は、最初はY先生も同意していたのですが、すぐにひっくり返すということもあって、社員からも抗議の声が出ましたし、わたしもえらい悪いことしたなあと、後悔しました。
 2001年3月に、Y事務所といったいという形になりました。当面は自宅事務所での勤務ということになりました。
 この年の9月11日にアメリカで同時多発テロがあって、そのあと「お前、わしの事務所まで通って来い」ということになりましたので、10月からY事務所内で仕事をすることになりました。
 もはやあの大きな事務所は跡形もなく、Y事務所に吸収されて、わたしはY先生の下で朝7時から仕事をするようになりました。夕方仕事が終わる頃にはへとへとになっていました。
 Y事務所の社員は、事あるごとにY先生の悪口を言っていました。かなり横暴な仕方で振舞っていたのです。安い給料で朝7時から晩まで働かされて、何かあれば怒鳴られてののしられて、そんな窮状をわたしに訴えることもたびたびでした。それでもわたしはもはやその中の1社員の立場。どうすることもできませんでした。
 わたしの借金は、コピーリース料も含めると600万円にも達していました。自己破産もできたかもしれませんが、そうすると行政書士の資格を失うことになります。免責になると復帰できますが、それでも困ります。たまたまこの年に個人再生手続の制度ができたので、それを早速活用することとしました。裁判所の許可が下りたら、債務額がおよそ5分の1になり、それを3年かけて弁済する、という制度です(実際にはもう少し複雑)。行政書士の資格を失うこともありません。Y先生が債務も肩代わりするはずもなく、やむなくわたし自身で債務整理をしたのです。
 12月末には過労からかなり身体の疲労が進みました。でも12月31日まで仕事でしたので(しかも名古屋出張)、必死で仕事していました。正月はどこへもいけず寝たきり状態でした。1月4日にも出社できず、2,3日休んで横になっていました。
 仕事のミスも増えました。疲労がひどく、集中力も散漫になります。Y先生からはなにかと怒られるし、大変な状況となっていました。
 医師からは、もう入院したほうがいいとのことで、1月末に京都の国立宇多野病院に入院しました。
 最初2週間ほどと言うことでしたが、調子も悪く、入院が長引きました。
 2週間たったときに、Y先生から電話がありました。お前まだ休むんか。早う仕事に来い。そんな内容でした。
 あきれ返りました。Y先生はやはり自分のことしか考えていない。そんな人に営業譲渡したのは間違いやった。そう思い後悔しました。
 1ヶ月近くたって、やっと退院しました。その翌日にY事務所へ行きました。かなりいろんなひどい悪態をつかれました。やはりわたしは勤務する立場には向かないようです。それでそれ以降、一種のサポタージュをすることにしました。もちろん病気のこともあり、疲労感もかなり残り、そんなに仕事できる状態ではなかったのです。
 そうしたらY先生はそのことについてもかなり怒り、4月には、「お前は生意気や。もうお前は首や!わしの客がとられるとあかんから、お前違う地方行け。」そんな通告が出されました。
 わたしの依頼者はみな、わたしのことを心配してくれていました。そんな事務所勤めんと、わしの会社の近くに来て独立したらええん違うか、またはこういう物件貸したるさかい、そこで独立したらええやんか、そう勧めてくれる方までいました。
 好意は大変ありがたいのですが、わたしは別の道をとったのです。

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